最近ではヘルスケアに関する意識向上とともに、人に対するウェアラブルデバイスを開発する企業も増えてきました。ただその製品が社会実装できないことに悩んでいる企業は一定数いるように感じます。今回は、国立循環器病研究センター(以下、国循)が国の機関だからこそ取り組めるウェアラブルデバイス活用とともに、人間の健康データ研究のお話を伺いました。

平成31年度(2019年度)に予定している国循の移転は、大きくは大阪の吹田市・摂津市の「健康・医療のまちづくり」北大阪健康医療都市(愛称:健都)構想の一部になります。その健都プロジェクトの1つに、国立循環器病研究センターと民間デベロッパーの連携でおこなう健都マンションプロジェクトがあります。マンション入居者に対してウェアラブル機器を提供し、そのウェアラブル端末より入手したバイタルデータを基に健康アドバイスや受診アドバイスを、自宅のテレビを通じて提供するなど、国と企業が連携したいくつかの試みを実施します

人間の健康や病気に関連する事業をしている、または参入をお考えの企業にとって、興味深いお話だと思います。前回の記事「オープンイノベーションで日本の医療業界に貢献する  国循 特任部長湯元様に聞く1」と併せて是非ご覧下さい。

これまでに蓄積した実際のデータを基にした統計から、どの生活習慣が何%将来の心房細動の可能性に繋がるかが判明しています。

左:国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 特任部長 湯元昇様  右:リンカーズ株式会社 林

ウェアラブルデバイスで変わる、これからの健康管理

リンカーズ 林リンカーズ 林

健都の住民の方たちは、ヘルスケアに関連するウェアラブルデバイスを付けることに合意して入ることを想定した住民の方たちですよね。

国循 湯元 様国循 湯元 様

健都の中で、国立循環器病研究センターと連携している健康住宅に住まわれている方には、ウェアラブルデバイスを希望する住民の皆様にお配りして、そのデータを国循で解析して結果を戻すということを行います。

病院は、基本的に病気になった方が来られるのでその発症前にどういうことが起こるのかという予測がなかなか難しいんです。「健康の定義って何?」ということです。身体に対するデータを日々記録していて、血圧や体温がある範囲を超えたら病気だということになるのですが、日々サプリを飲んだり運動をしたり……。健康に向けて行動をしているが、その行動が本当に健康に良いのかは誰にも分からない。健康の定義が難しいので、健康な人のデータは非常に集めるのが難しいと思います。

国循では約30年前から吹田市民とともに健康時から1年間、2年間といった単位でデータを取っていて、データベース化しています。ただ、これはウェアラブルデバイスからのデータではありません。

 

– 今後ウェアラブルデバイスを用いるとリアルタイムに結果を把握することができて、研究者としてもすごく有益なデータを取ることができますね。

30年もデータを取っていると、住民約7000人の内300人ほどが、脳卒中などの危険因子になる「心房細動」が起こります。心房細動の状態が長時間続くと、動悸や息切れが激しくなり、疲れやすくなるなど、日常生活に支障が出るようになります。

昨年、国循のホームページでは皆さんの健康診断データや生活習慣を入れると今後10年間で、どのくらいの確率で心房細動が起こるか、病気の起こりやすさはどの程度なのかを表示するデータを公開しています。これは脅かすという意味ではなくその中で何を減らせばよいかを示唆しています。例えばタバコは循環器系に悪いというのは一般的ですが、実は禁煙よりも、飲酒量が多い人はそれを下げる方がポイントが下がることがわかりました。

国循が開発した、10年後心房細動の予測確率を求めるエクセルシートの一部画像。エクセルファイルは国循のサイト(http://www.ncvc.go.jp/pr/release/20170606_press.html)で公開されています。

ただこういう調査では、統計の基本となるデータの信頼性が重要ですが、生活習慣をしっかり調べるのは案外難しいのです。どういうことかというと、例えばアンケート調査で「毎日お酒を飲んでいますか?」という質問に対して、実は毎日飲んでいるのに「時々飲む程度です」と答えるといったようなことが起こります。皆さんも身に覚えがありませんか? こういった事実関係は、単なるアンケート調査でなく、調査委員が時間をかけて調査対象の方がどういう生活をしているのか信頼関係を構築しないと分からないわけです。従って信頼関係と正確な調査は常日頃から欠かせません。

こういった健康時からの継続した身体データの記録を、今年からはウェアラブルデバイスなども導入して実施していきます。最終的には約3000人の新たな住民に対して、ウェアラブルデバイスを希望する方にお配りして健康アドバイスをします。随時こうしたデータを集め、何が問題かということを徹底的に研究を進める算段です。

 

リンカーズ 林リンカーズ 林

健常者のデータは企業にとっては喉から手が出るほど有益な情報だと思います。こういったデータは開示して行くのでしょうか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

特に公開しないと言うことではないですが、個人個人の健康情報ですから、個人情報保護に気を付けなければならないのは言うまでもありません。もしオープンイノベーションセンターで国循と一緒に取り組んでいただけるなら、より生データに近いところにアクセスしていただけるというメリットを企業は享受できるでしょう

企業がなかなかできないことでも、国循ならリーダーシップを取ることができるということもあります。オープンイノベーションセンターを活用して産学連携でやるというのは、この場合一つの解になると思います

認知症と循環器病の関係 ウェアラブルデバイスが果たす役割

「高齢者」にこそ活用してほしいウェアラブルデバイス

リンカーズ 林リンカーズ 林

ウェアラブルデバイスを普段から使用している人はなかなか少ないのではないでしょうか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

なぜ毎日つける必要があるのか理由が分からないから、ウェアラブルデバイスはなかなか広がっていかないのでしょう。

しかし、心筋梗塞や脳卒中などの循環器病というのは、特に老人になってくると、毎日モニタリングする重要性があります。世間でよく言われている健康寿命と平均寿命。この差は日本では10歳くらいあるのですが、健康寿命は日常生活の制限を受けて要介護になった時点で終わります。人手を借りずに自力で生活できるということが健康の1つの定義になっています。

そうすると健康寿命を延ばすには、要介護となる要因の防止が重要ですが、要因の四分の一が循環器病であり、他は認知症または関節とかいわゆる骨とか筋肉系の要因となります。大抵の人は癌になったら困ると思っていると思いますが、癌で要介護者になるケースは2%程度です。循環器病は非常に良い治療法もできているので、ウェアラブルデバイスによるモニタリングで「脈拍がおかしいですよ」と分かれば医者に行くきっかけになりますし、もちろん早く来院すれば、その分だけ後遺症を残さずに治療できる可能性が高まります。

これからの高齢社会では、高年齢者のひとり暮らしなどで、循環器病が重症化して倒れてから発見につながるケースも多くなってきます。その場合はウェアラブルデバイスや各種センサーによる見守りが健康寿命の延伸に重要な意味を持つと思います。今後は、その辺りを整えていく必要があると感じています。

国循の冊子。内容は国循のサイト[122] 認知症と循環器病の深い関係(http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/brain/pamph122.html)に掲載されています。

また、認知症と循環器病は深く関わりがあります。冊子にもありますが、イギリス政府が「心臓に良いことは頭にも良い」(What’s good for your heart is good for your head)という標語を作り認知症予防に取組んだところ、約20年間で認知症が2〜3割減ったそうです。色々な取組みをした中の一つは、パン業界に減塩を呼び掛けたことです。その結果3年でパン業界全体で10%の減塩に成功しました。

-パン業界全体ですか?

パンには意外と塩分が含まれていて、パン業界全体に減塩を促して10%の減塩となったことで、年間2600億円の医療費が削減されたと推定されています。減塩というと心臓病や高血圧対策というイメージですが、実は認知症予防にもつながる事が既に分かっています。例えばフランスのリール大学の研究では、認知症と診断された人の高血圧や糖尿病などの生活習慣病をコントロールした群としなかった群に分け、その後の認知症の進行具合をミニメンタルステート検査(MMSE)という認知症の評価法で測ったところ、生活習慣病をコントロールした群は認知症の進行が緩やかになり、長く自律的に生活できる状態が保たれるというデータが出ました。

血の巡り、血管系をちゃんと維持してあげれば認知症も止めたり減らしたりすることが可能だとその後の研究で分かっています。こういう循環器系の病気をどうやって減らすのか、それがどういう生活習慣と関係しているのか……。30年前はできなかったことが、ウェアラブルデバイスの登場によって、毎日の生活習慣の変動がどう影響を及ぼすのかを簡単に解析でき、自分自身の生活をどう管理していけばいいのかが見えてくると思います。

 

リンカーズ 林リンカーズ 林

減塩といえば、国循では「かるしおプロジェクト」をやられていますよね。


国循 湯元 様国循 湯元 様

かるしおプロジェクトは循環器病予防のための食生活改善を目的に「塩を軽く使ってうまみを引き出す、減塩の新しい考え方」を一般に広めるための国立循環器病研究センターの取り組みです。健都に今度できる駅前商業施設やスマートウェルネス住宅などで国循監修に基づくメニューを出すことも検討しています。現在までに、レシピ本を出版するとともに、お弁当も実験的に販売していますよ。

 

未来における、ウェアラブルデバイスの役割

リンカーズ 林リンカーズ 林

海外ではどうなのでしょうか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

世界を見渡した時に、医療クラスタはアメリカのピッツバーグをはじめ、色々なところに存在します。でも国立循環器病研究センターのように、循環器系という心臓と脳を両方扱う病院を中心に住民も参加するような医療クラスタは、世界でもユニークだと思います。

 

未病対策のカギはウェアラブルデバイスが握っていると思います。それにはやはり健常者からもっともっとデータを取って、毎日の生活習慣の変動がどう影響を及ぼすのか、統計を出していかなければなりません。

さらに言うと、循環器病の予防について、癌のように国を挙げて取り組まなければいけないという国民全体の認知度が低いのではないでしょうか? 海外の方がそういった意識は高いと思います。

癌も早期発見が必要ですが、循環器病はもっと短い時間、1分1秒を争う事態のことがほとんどです。そのため、家庭などでウェアラブルデバイスや各種センサーで見守る必要性も感じて欲しいですね。脈拍を超音波で測る装置などは既に開発されていますが、朝、洗面台の前に立つと「今日は心臓がおかしいですよ」と教えてくれるようになると良いと思います。メーカーと医療機関、お互いが上手に連携しながら、未来の医療のために手を取り合ってどんどん踏み込んでいけたらいいですね!

あとがき
~ウェアラブルデバイスで広がるイノベーション~

・ウェアラブルデバイスの登場により毎日の生活習慣が病気発生の確率にどう影響を及ぼすのかも解析できるようになってきていて、また、自分自身の日々の体調をより詳しく知る事もできるようになっています。
・循環器病は国を挙げて取り組まなければいけないという国民全体の認知度は低いですが、認知症とも関係深く留意すべき病です。
・国内でも海外でも国の主導だからこそできることがあり、また、国と病院と企業が協力するからこそ起こるイノベーションもあると感じました。是非色々な垣根を超えて共創の流れが進んで欲しいと思います。

湯元様へのインタビューは、前回「オープンイノベーションで日本の医療業界に貢献する  国循 特任部長湯元様に聞く1」として、新しい国循のオープンイノベーションセンターが、日本の医療のイノベーションの発展に貢献する為に創設されようとしているお話を伺いました。医療関連企業の方に興味を持って貰える内容と思います。是非ご覧下さい。

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