ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社(以下、RBI社)は、ライフサイエンスの研究現場で活用される汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」の普及を目指すベンチャー企業です。同社が開発した「ヒューマノイド」は研究に伴うコストや時間を効率化し、研究者が創造的な仕事に注力できる環境を作り出すために生まれました。同社の製品は日本のライフサイエンス研究にどのようなものをもたらすのか。また、AIやロボット技術が起こす日本のビジネス革新について、産業技術総合研究所・創薬分子プロファイリング研究センター長兼RBI社取締役CSO夏目徹氏に伺いました。

研究現場のベンチワーク自動化を目指して

ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社 夏目様

研究現場の人員不足を解消し、欧米に対抗できる研究環境を

リンカーズ 林リンカーズ 林

本日はよろしくお願いします。まず、LabDroidの設計思想・コンセプトについて教えてください。


RBI 夏目様RBI 夏目様

ライフサイエンス研究の現場における人員不足をロボット技術で対処できるのでは、というアイデアがはじまりでした。

ライフサイエンス研究が大規模化していく中、研究現場は何十年も労働集約的なワークスタイルを継承していました。ポストゲノム時代からオミックス研究が主流になるに従い、扱うサンプルの数もデータも膨大になっています。しかし、日本の場合はこうした研究を人海戦術で行うには限界があるのではないか。そう考えたことがLabDroid着想のキッカケです。

「資金があってもヒトがいない」というのが、日本のライフサイエンス研究現場が抱える悩みです。そこで、日本のお家芸であるロボット技術を使うことで対応しようと考えました。これは、浅はかな考え方だったと思いますし、もちろん最初から上手くいったわけではありません。

–具体的にどういうことが壁になったのでしょうか?
確かに日本のロボット技術は優れています。でも、その思想がライフサイエンスのニーズにマッチしていません。日本のロボットの開発思想は「ワンステップ・ワンロボット」。溶接にはこのロボット、塗装にはこのロボットという形で、ロボットの役割がそのロボット毎に決められていました。以前からライフサイエンスの研究現場で使われていたロボットも、そうした分注ロボットです。研究者がベンチワークで行うような多岐にわたる手作業を、完全自動化できるようなものはありませんでした。また、もともと日本のロボット技術は、ライン生産などの大量生産現場に特化していました。例えば自動車製造の現場では、ロボットによるオートメーションラインの構築に数年を費やしたとしても、その後5~10年間は利用できます。それに対して工程や段取りが頻繁に変わるライフサイエンスの現場では、そのたびにラインを構築しなければなりません。そのため、膨大な資金と時間が必要です。

そこで、私たちもファクトリーオートメーションに倣って「ワンジョブ・ワンロボット」のロボットを組み合わせ、自分たちのワークフローを自動化しようと試みました。しかし開発期間は5年。そして費用は5億を優に超えてしまったうえ、その完成度も低いので1日に1回完動するかどうか。さらに、トラブルシューティングも大変でした。通常、工場などの生産現場では、そういうトラブルを専門的に解決するスペシャリストがいるもの。そうした人たちが問題を解決することで、ラインに滞りが発生しません。自動車や半導体メーカーの現場は、まさにロボット技術者あってのものです。

対してライフサイエンス研究者はロボットに対する知識も乏しく、専門の人材育成もできない。さらに、そのための人件費も捻出できません。そこで「ヒューマノイド」という概念をライフサイエンスに持ち込み、人間の作業をすべて、人間の動作で再現できるロボットを開発しようということになりました。例えば研究現場で人間が使う道具や装置をロボットが使えるようになれば、研究の工程や段取りが変わるたびに、新しいロボットをデザインしたり開発したりする必要もなくなります。

–つまり、一台のロボットに様々な作業をさせればいい、という発想ですね。
その通り。トヨタ生産方式で言う「多能工」ですね。つまり右手でピペットを持って左手でディッシュを持ち、細胞を取り扱ってインキュベータを自分で開けて閉める。さらには、搬送も自分で行うというロボットを作ろうということになりました。

もともとあらゆる作業を自動化してくれるそれまでの実験機器も、言うなればロボットです。遠心機やオートサンプラー、LCなども、作業を自動化してくれる機械はすべてロボットだと言えます。しかし、それらを繋いで一つの作業にするのは人間の仕事でした。この仕事を行うのが、いわゆる「ヒューマノイド」。研究室=Labで使う、ヒューマノイド=Humanoidなので、LabDroidと名付けることになりました(語感としてDを加えた造語)。

LabDroid開発のスタートと苦難

リンカーズ 林リンカーズ 林

同じような発想で開発されたロボットに前例はありましたか?


RBI 夏目様RBI 夏目様

世界的にも、生産現場におけるヒューマノイドの利用例はほとんどありません。

多品種少量生産の現場でのセル生産において、人間の代わりに作業を行うロボットを開発できないかという研究開発は行われています。しかし、市場として成り立たないというのが事実です。

例えばヒューマノイドの開発で連携いただいた株式会社安川電機(以下、安川電機)も、独自に研究開発を進めていました。しかし明確なニーズがあったわけではなく、企業としての探究心で開発を続けてこられたという経緯があります。私は、ライフサイエンスやバイオの世界でその技術が高い付加価値を生み出すことができると考え、試作品の開発に関わることにしました。

–もともと安川電機が製作されていたロボットは遊園地などのアミューズメントパークで利用されていたそうですね。
そう、100円でソフトクリームを子どもに手渡すようなロボットです。あとは、お好み焼きを引っくり返したりするようなね。素晴らしい技術をお持ちだったのですが、なかなか活かす場がなかったようです。実は試作品を開発する7年前に安川電機を訪問したことがあり、「ライフサイエンスの研究に活用できるヒューマノイドを作りませんか?」と提案しました。そのとき、安川電機の鈴木専務理事(当時)がライフサイエンス分野のニーズに気づき、その可能性を信じてくださいました。それが、開発のスタート地点です。

–開発にあたり特に苦労された点はありますか?
モノを作り、売ることを目的とした企業と研究機関の思惑を一致させることは重要です。安川電機の鈴木専務理事(当時)は私の提案に耳を傾け、それを信じて「社運を賭けてやりましょう」と言ってくださった。安川電機内にロボット事業部バイオメディカル推進部を立ち上げてから、研究者のマインドやニーズをものづくりの技術者に翻案して伝えることには少し苦労したかもしれません。その後、約2年間でロボットがライフサイエンスの全てのベンチワークに対応可能かを検証しました。

ロボットの使命は仕事に付加価値を生み出すこと

人の仕事をロボットに置き換えるだけで終わってはいけない

リンカーズ 林リンカーズ 林

ヒューマノイド開発にあたって、一番こだわった点は何でしょうか。


RBI 夏目様RBI 夏目様

ただ人間の代わりをするものを作るのではなく、新たな価値を生み出すことです。

多能工の汎用ロボットとしてフレキシブルに多様な動きが実現できるロボットを作り出すためには、人間のあらゆる動きを数値化・可視化する必要がありました。人間の身体なら「マイルドに」「手早く」「なるべく」「均等に」というあいまいな認識に基づいていても、数値化されていない作業を無自覚に行ってしまいます。これをロボットに再現させるには、例えば「マイルド」というのはどれくらいなのか、必要な面積あたり圧力、腕の移動速度および角度などすべてを数値化しなければなりません。

しかし数値化すれば、品質工学や実験計画法の伝統的な手法で数値パラメータとして最適化することが可能。そうすることで初めてロボットは人間の能力を超えることができ、ヒューマノイドの新たな「バリュー」が生まれます。開発にあたって、ここには徹底的にこだわりました。

人間ができることをそのままロボットに移行しても、ロボットが生み出すマックスの価値は「人件費」だけ。しかもライフサイエンスの場合、導入費やオペレーションコストが大きいので、それがマイナスされて研究現場で活用しても大赤字になってしまいます。

ヒューマノイドを導入することで実験のクオリティが上がり、いままで不可能だったことを可能にするのなら、それは今までになかった価値を生み出すことになるでしょう。つまりヒューマノイド導入の価値は「効率化」ではなく、「生産性向上」にあるのです

–それには例えば「ミスを無くす」ということも含まれてくるわけですか?
はい。そのことによって、実験の回数を減らすことができます。

そういうデータを再現的に取ることができれば、これまで誰も成功させることができなかった実験を、一回で成功させることもできる。ごく限られた人しかできないような、とても複雑で長期間を要し、最適化が難しいような実験を何度でも繰り返すことができます。これらのことは、すでに実現している事例です。

また、ある製薬企業が共同研究としてサンプルをRBIに持ち込んだところ、5年間も検出できなかった低分子化合物のターゲットを、一度で成功させることができた事例もあります。新薬の開発には20~30年の歳月が掛かるのが普通ですが、ヒューマノイドの導入でその開発期間を5年は縮めることができます。そうすると、特許の期間も5年伸びます。例えばそのマーケットが20億円だとすると、ヒューマノイドは100億円の価値を生むことになるのです。まさにオポチュニティー・コスト(機会費用)ですね。

機械の力を使って人間がやるべきことの「最適化」を行うことで、新しい価値を生み出す。人間には不可能だったことを可能にするということに、真の価値があります

研究者の動きをAIが最適化できる時代

リンカーズ 林リンカーズ 林

研究者の動きの数値化・標準化は具体的にどのように行うのですか?


RBI 夏目様RBI 夏目様

ロボットジョブのパッケージングがあり、その組み合わせによって行います。例えば遠心機ならば回転数、スピード、温度、時間などのジョブ。ピペッティングなら加速度やピペッターの傾き角などが、すべて数値パラメータとして変更できるようになっています。

各数値パラメータを組み合わせると、何万通りもの動きを作ることが可能です。そして私たち研究者が、それぞれの動きを最適化していきます。そのうち、こうした最適化をAIで行えるようになるでしょう。実際にAIでロボットの動作を最適化するための開発は進んでおり、2018年10月にすでに実現しています。AI自体の技術としてはすでに出来上がっており、あとはそれをどうロボットと組み合わせるかという段階にきています。

世界中で同じような取り組みが行われていると思いますが、どれだけAIが優れていても、ロボット側の自由度が低いと最適化できる項目は少なくなってしまいます。AI技術の成功のためにはアルゴリズムなどの技法より、むしろAIに学習させる為のデータの品質と量が重要です。そしてその役割を担うために、自由度の高いロボットが必要になってくる。ロボットの自由度が低いままだと、いくらAIが学習し、新たに最適なパラメータを見出したとしても精度の低い凡庸なデータしか収集できません。

その点、ヒューマノイドは人間の作業をほとんど再現できるため、非常に多様なデータを収集可能です。さらにロボットであるがゆえに、動作は正確。人間を対象にAIがその動作を学ぼうとしても、人間のヒューマンエラーという外的要因に影響されてしまいす。そのため、AIが必要とする正確なデータは得られないのが事実です。特にライフサイエンスの分野において、これは重要なことだと考えています。

RBI社取締役CSO 夏目徹氏からの学び

RBI社の「ヒューマノイド」のコンセプトは、人間よりもロボットの方が得意な作業はロボットに任せることで、人間がよりクリエイティブに自由に行動できるようになり、全体としての生産性も幸福度も向上するというものです。夏目CSOはこの点において、同社と一般的なロボットメーカーの差別化を図っておられます。ロボットが人間の機能を超えることでより正確かつ効率的な研究成果が表れが表れ、研究者自身の創造性向上にも寄与するという発想は、近年話題になっているシンギュラリティ(技術的特異点・2045年問題)の観点からも実に興味深いもので、AIと人間の共存の理想を見ました。

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