今回、国立研究開発法人 国立循環器病研究センター(以下、国循) 特任部長 湯元昇様から、医療業界のオープンイノベーションに関して多くの貴重なお話をお伺いさせていただきました。2回に分けてお届けいたします。

1回目の今回は「オープンイノベーションで日本の医療業界に貢献する  国立循環器病研究センター 特任部長湯元様に聞く1」として、前半は、現在建設中の、国立循環器病研究センター・オープンイノベーションセンターが、今後の日本の医療業界のイノベーションに対してどのような役割を持とうとしているのかについて。後半は、実際の医療業界のイノベーション事例をご紹介します。

次回は「ウェアラブルデバイスで自分の健康の基準を知る 国立循環器病研究センター 特任部長湯元様に聞く2」として、国循のオープンイノベーションセンターが入る北大阪健康医療都市 ~愛称:健都(けんと)~※ にて、国の機関と民間が協力して実施するウェアラブルデバイスでの健康データを取得する、健都マンションプロジェクトなどのお話をご紹介します。
※国立循環器病研究センターを中心とした産学官民連携による医療イノベーション拠点

医療・健康関連の企業や、これから医療分野への参入をお考えの企業にとって興味深い内容と思いますので、是非ご覧下さい。

国循のオープンイノベーションセンターが日本の医療業界のイノベーションに対して果たしていく役割

左:国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 特任部長 湯元昇様  右:リンカーズ株式会社 林

医療現場にオープンイノベーションセンターを置くことで、本当に現場で必要とされる医療機器開発を促進したい

 

リンカーズ 林リンカーズ 林

新しい国立循環器病研究センター内にはオープンイノベーションセンターが設置されるとの事ですが、創設に対する思いや構想をお聞かせいただけますか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

国立循環器病センターのオープンイノベーションセンターの構想は、前の理事長である橋本信夫先生などの方々が主導されたもので、私はそれに賛同して2016年から特任部長として着任しました。なぜ今オープンイノベーションセンターが必要かというと、日本での医療機器開発を活発化させるためです

近年、医療機器、特に有名な手術支援ロボットの「ダヴィンチ(da Vinci)」に代表されるような治療用機器はほぼ全てが外国製になってきています。しかしこれら医療機器に使われている多くのパーツは日本製です。日本国内に医療機器を開発する技術力は十分あるはずなのに日本で製品化はできていないという状況になってしまっています。

日本で手術ロボットを作ろうとすれば、ロボットメーカー、ソフトメーカー、医療機器メーカーなど多くの企業が協力する必要があるので、国循のオープンイノベーションセンターが、
・病院でのニーズと企業の開発情報が集まり組み合わされる場
・実際に開発を行う場
になりたいと思っています。

国内でいえば、大阪大学や京都大学にもイノベーションセンターはありますが、イノベーションセンターの棟と病院は別の建物である程度離れた位置にあります。国循の新しいオープンイノベーションセンターが他と違うのは、同じ建物内のドア1つ開ければ病院という、病院の中にイノベーションセンターがあることです。

移転建替後の国立循環器病研究センター イメージ図

私は国循赴任前に所属していた産業技術総合研究所で、医療機関と連携して色々な医療機器開発の支援を担当していました。その時感じた問題点の1つは開発スピードが遅いことです。

企業が機器の試作機を作り医師の意見を聞こうとしても、医師は医療現場での仕事が非常に忙しいためアポイントはなかなか取れません。大きな病院では日に何度も救急車が来るし、医師は時には1日に2つの手術をすることもあり、常に慌ただしいのです。やっと取れたアポイントで試作機を見せて、指摘を受けた箇所を修正しても、その試作報告のアポイントが取れない……。

医療現場の人たちも本当は「こういう機器が欲しい」という希望があります。ただそれを現実に作るには、日常的に医師と接触できる場がなければ開発は進まないので、常々、医療現場からの情報や意見を得る場所と開発拠点が近くにある必要があると思っていました。国循のオープンイノベーションセンターはまさにそういう場所にするという構想を知り、創設に尽力したいと希望しました。

 

国循の新しいオープンイノベーションセンターの存在意義 ~ 開発企業と病院の考え方の違いを埋めること

リンカーズ 林リンカーズ 林

国循でのオープンイノベーションセンター立ち上げで苦労されていることはありますか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

少し苦労しているのはオープンイノベーションセンターに来ていただく企業を見つけることです。特定の案件で共同研究の話は進んでも、国循のオープンイノベーションセンターの場を使うという意味を理解いただくのはなかなか難しいです。

イノベーションを進めていくには費用がかかりますし、人員も割く必要があり、それに見合う効果が見込めるかどうかという懸念が生まれます。企業の技術開発は将来的に売れるイノベーションに繋がるような製品を開発すればいいわけで、今日完成しなくても良いわけです。でも医療というのは目の前の人に今手元にある技術で最良のものを届ける使命があります。

「医療現場のニーズは何ですか?」と、ヒアリングをしてもなかなか意見はでてきません。それは、現場の医師の考え方として今あるものをどう使って手術を上手く行えるか、いかにこの患者さんを救えるかに集中している事が原因だと思われます。「こういうものがあったらいいね」と思いついてもスッと消えていくものでしかない。ニーズは何らかの方法で克服されてしまっているので、医療従事者からの意見は出てこないし、ニーズをこういうふうにインタビューしたとしても、「その場で考えてもすぐ手に入らない物では、目の前の患者を救えないし、意味がない」という考えになりがちです。

また、医療機器を開発する工学的立場から見ると、医学部とは組めるが病院と組むことは難しく感じるようです。例えば試作段階の医療機器も、医学部だとまずは実験で試してもらえるが、病院では今使いたいのだから完成品を持ってくるよう言われるそうです。本当にいい医療機器があるなら明日にでも使いたいのだと……。

医療機器開発には、「まずはこういうものを作りたい」という最初のアイデアの段階で乗り越えるべき山があります。さらにその後、試作機から実際に現場で使えるものに仕上げる際に更に2つめの山が待ち受けています


医療に関する情報発信と医療機器全般の開発拠点になることを目指して

リンカーズ 林リンカーズ 林

医療業界へ参入したい企業に対して、少しでも敷居を低くするようなアドバイスはありますか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

医療業界への参入の敷居が高く思われる原因の1つは、許認可制度にあると思います。

認可をいかにクリアするかという点で、医療業界でも薬に関しては高血圧の薬も癌の薬も認定を得るための手順は同じなので、比較的ノウハウを蓄積しやすいです。

その一方で、医療機器はこうすれば認可を受けられるという手順が機器ごとに違います。例えば人工透析なら人工透析の為の機器の改良版や新製品ばかりなら良いのですが、原理や用途が違う製品を開発しようとすると、開発手順や承認への道筋がそれぞれ違ってくるので、経験がそのまま活かせず難しいことがでてきてしまうようです。

国循のオープンイノベーションセンターでは、認可を行っている独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency 以下、PMDA)という組織と連携協定していますし、また、元PMDA審査官というメンバーも国循に所属しています。そのため、審査に関してどのように認可を進めていけば良いかの適切なアドバイスが可能です。PMDAにも事前相談は寄せられますが、かなり製品に近くなってからのことになりますので、国循のオープンイノベーションセンターではその前段階での審査情報やアドバイスから対応します。

また、私の前職である国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)と国循のオープンイノベーションセンターとの連携も進めたいと思ってます。産総研にも医療機器の審査経験者が20名近く所属していますので、医療機器製作の初期段階からのアドバイス、技術的連携や勉強会なども実施したいと思います。

国循は病院としては循環器の単科ですが、オープンイノベーションセンターとしては広く医療に関しての情報が得られるという場所にしていきたいと考えています。病気の情報もあれば、医療機器全般の開発の拠点でもある。そのような存在になりたいですね。

医療業界でのイノベーション事例

医療業界でのイノベーション事例1 医療用アイガード「パラシールド」

リンカーズ 林リンカーズ 林

企業の技術と国循のニーズが上手くマッチした成功例はありますか?

国循 湯元 様国循 湯元 様

3年ほど前に誕生した医療用アイガード「パラシールド」は、中小企業の技術と国循のニーズが上手くマッチした成功例だと認識しています。

左:パラシールド   右:眼鏡の上からなどパラシールド装着時

眼の防護用品の装着は、WHO(世界保健機関)によって医療従事者に推奨されているものの、実際の医療現場ではなかなか浸透しているとは言えない状況でした。医療従事者の七割が患者の血液や体液の目への曝露を経験しています。また、メガネを装着していても一割は横から飛んできます。にもかかわらずアイガードは「息で曇って視野が遮られる」「メガネで十分保護できるだろう」という認識で装着の習慣化が進みませんでした。

それでも機能性の観点から、手術中はアイガードの装着も習慣化されているのですが、採血などの普段使いでは看護師さんが殆ど装着しないもう一つの理由は、アイガード自体が物々しくて患者さんに不快な思いをさせてしまうことによる懸念でした。

「パラシールド」の成功は、医療機器のノウハウを持っている株式会社宇都宮製作所が、アイウエアの製品デザインなどで知られるプロダクトデザイナーと組んで、デザイン性を高めた事にあります。単に曇らないアイガードなら以前から存在していましたが、”見た目がおしゃれで恰好良く、曇らない医療用アイガード”であった事が「パラシールド」のポイントです

「パラシールド」開発の裏には、手術などに多く立ち会い、医療現場のニーズを熟知かつ色々な企業とも繋がりのあった技師さんの存在と、大阪商工会議所と一緒に医療機器開発の支援事業をしていた当時の国循研究開発基盤センター長 妙中義之氏の存在、そしてその2人が出会う場の存在がありました。

医療業界でのイノベーション事例2 安川電機によるバイオメディカル実験ロボット

国循 湯元 様国循 湯元 様

2つ目の事例としては、産総研が関わった安川電機のバイオ実験用ヒト型双腕ロボットがあります。バイオ研究者の代わりに膨大なパターンの実験を行うことができます。


人ではなくロボットが行う事でウイルス感染の恐れのあるものも扱えますし、真空や低温下での実験も可能です。色々な事ができるようになるのですが、何よりもいいポイントはこのロボットは人が使っている器具をそのまま扱える事です。

産総研の創薬分子プロファイリング研究センター 研究センター長の夏目徹氏が、数年前からラボ操作を自動化するプロジェクトを推進していました。しかし工業用ロボットでは困難な動きがあり、例えば炊飯器の蓋を開けるような、人にとっては何でもない動きがロボットにはできず、器具の方を自動化しようとすると、ポンと蓋が空くような改造が必要になり、この為に50万円の遠心分離器の改造に2,000万円もかかったのです。そんな時に夏目氏が安川電機のロボットを目にしてプロジェクトに引き込みました。当時、安川電機のロボットは遊園地でソフトクリームを作っていたのです(笑)。



産業用ロボットのトレンドは、関節の自由度を下げる方向にあります。関節が少なければ、制御もしやすくかつより重たいものが持てるのです。しかし、安川電機は関節が7つもあるロボットを作り、人と同じようにモノを扱えますと技術力をアピールしましたが、結果、重いモノが持てないロボットとして半導体業界などから使いづらいと拒否されてしまったのです。そこで、1体数千万円もするロボットに、ソフトクリームを作らせていたのです。

プロジェクトが難航していた折に、夏目氏がこのロボットを見て「これだ!」と、安川電機に声をかけて、ベンチャー企業を創設してバイオ向けロボットを開発しました。

イノベーションに必要なのは、異種なるものをつなぎ合わせる事

リンカーズ 林リンカーズ 林

こういうことが医療の分野で生まれてくれば、新たな治療法が生まれたりする可能性も出てきますよね?

国循 湯元 様国循 湯元 様

そうですね。こういういった事例は世の中にまだまだあると思います。皆が当たり前に思っていることに潜在ニーズがあって、業界を横断するようなアプローチがあればこそ、イノベーションに繋がっていくのだと思います。

これらのイノベーションは、現場で発信する人と受け止める技術を持った企業が居て、その間を取り持つコーディネーター的役割をする人が居たからこそできた。コーディネーターの存在は非常に重要かなと思います。業界と業界、技術と技術をつなぐための能力を持った人を増やしていかないとオープンイノベーションは加速していかないのではないでしょうか?

―医療系の商社の方とお話しする機会があって、日本市場だけを見ると市場が小さく国内メーカーがなかなかこういった開発に参入してこないとか。

なるほど。確かにアジア圏やヨーロッパなどに行くと自国だけで勝負しようとは最初から考えていない。グローバルな地域経済圏でどう展開していこうか考えていることの方が多いですね。日本は日本市場しか見ていないというのは少なからずあります。

日本は、まだまだグローバルに展開するという考え方や積極的に異業種と付き合っていこうという意識が少ないと感じます。先日ドイツに行ったときのことですが、シーメンスという世界的な医療機器メーカーが、日本のファナックや安川電機と並び、4大ロボットメーカーの一つと言われているKUKAと組んで新製品を開発していたのを目にしました。KUKAはそれまで半導体や自動車をメインにしてきた会社です。その技術を活かして、MRI等を測定しながら手術する際にディテクタが医者の邪魔にならないようにロボットアームで動かしたり、患者の乗っている台を高速安定に動くような仕組みを作ったりしていました。

そういった、今まで組んでいなかったメーカーとの協業を見ると、日本のメーカーでは業界を横断するようなアプローチは少ないかと感じます。海外の方が、次世代に向けて何が必要かというところを考えて異業種を含めた他企業と組んでいるなと改めて感じました。

そこはなかなか一朝一夕にいかない問題もあると思っていて、例えばアメリカなどが強いのは、理系で博士号を取った後にビジネススクールやロースクールへ通って、技術に加えて法律や経営も分かる人が一定数居ることも関係しているかと思っています。個人の中でも異業種が共存しているのですね。産総研ではバイオとナノテク両方分かるような融合分野の人材育成などを試みて、一定の成果を上げています。

このような挑戦も踏まえて、新しい国循のオープンイノベーションセンターでは、環境として異業種と付き合う場の提供を行いながら、日本の医療分野のイノベーションに繋がる活動を進めていきたいと思っています

あとがき

病院の棟の中、ドアを1枚隔てたすぐの立地にオープンイノベーションセンターを設置するという試みは面白く感じると共に、現場のニーズに合った医療機器開発が本当に難しいことなのだろうと想像しました。日本で医療機器開発に関わる企業や取り組みたいと考えている企業に、この国立循環器病研究センターのオープンイノベーションセンターの活動を広く知っていただきたいと思いました。

次回も引き続き、湯元先生に聞く2 として、「ウェアラブルデバイスで自分の健康の基準を知る」という内容をお届けします。健康関連の事業をされている企業の方に是非お読みいただきたい内容となっています。

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